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東京地方裁判所 昭和49年(ワ)8952号 判決

原告

吉田公義

ほか二名

被告

菅家昌治

主文

被告は、原告吉田公義に対し、金五一万一、二六九円および内金四七万一、二六九円に対する昭和四八年七月一日から支払済みまで年五分の割合による金員を、原告矢部朝男、同矢部タマノに対し各金七万〇、六三四円および内金六万〇、六三四円に対する昭和四八年七月一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

原告らのその余の請求をいずれも棄却する。

訴訟費用はこれを一〇分し、その九を原告らの負担とし、その余を被告の負担とする。

この判決の主文第一項に限り仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  原告ら

1  被告は、原告吉田公義に対し金四四六万三、九〇四円、原告矢部朝男原告矢部タマノに対し各金一六九万〇、七八九円と、原告吉田公義に対し右内金四一〇万三、九〇四円につき、原告矢部朝男、原告矢部タマノに対し右各内金一五一万〇、七八九円につきそれぞれ昭和四八年七月一日から支払済みにいたるまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行の宣言を求める。

二  被告

1  原告らの請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告らの負担とする。

第二当事者の主張

一  原告らの請求原因

1  事故の発生

原告らの被相続人吉田美代子(以下亡美代子という。)は左の交通事故(以下本件事故という。)によつて受けた脳挫傷により、昭和四八年五月二九日午後〇時二八分死亡した。

(一) 日時 昭和四八年五月二六日午前〇時一〇分

(二) 場所 栃木県上都賀郡粟野町大字北半田二二七番地、東北自動車道上

(三) 加害車 小型乗用車(栃五五み―九五八二)

運転者 訴外斉藤昭三

(四) 被害車 小型乗用車(埼五五ふ―一六三)

運転者 訴外矢部俊男(亡美代子の実兄)

(五) 態様 被害車が前記道路を東京方面より宇都宮方面に向つて進行中、反対方向から進行してきた加害車が中央分離帯を超えて被害車進行車線内に入り来て加害車右側面に激突し、被害車は大破された。

2  責任原因

被告は本件事故当時右加害車を保有し運行の用に供していた。

3  相続

亡美代子には直系卑属がなかつたので配偶者である原告吉田公義が二分の一、両親である原告矢部朝男、同矢部タマノが各四分の一の割合で亡美代子の権利を相続により承継した。

4  損害

(一) 亡美代子の逸失利益 金一二、五四三、一五六円

亡美代子は、昭和二二年一〇月九日生れで郡山市内の高等学校を卒業後、薬品等卸問屋等に勤務した後、一級建築士である原告吉田と結婚し、主婦として家事労働に従事する一方、建築事務所に勤務している原告吉田が勤務外の時間を利用して自宅において行う自営の建築設計事務の補助を行つていた。亡美代子のこれらの家事労働、設計事務補助労務は、少なくとも有職女性の平均賃金である労働省統計情報部による昭和四八年度の賃金構造基本統計調査(労働法令協会から賃金センサスとして公表されている。)の調査結果と同一程度の価値があるとみられるべきであるから、これに基き左のとおり逸失利益を算出する。

前記、昭和四八年賃金センサス、第六巻三二ページ掲載の第二一表中、東京都における企業規模計、女子労働者平均収入中「きまつて支給する現金給与額」六八、一〇〇円の一二ケ月分に年間賞与、その他特別給与額二〇八、一〇〇円を加算した額から、生活費として二分の一を控除し、年間の逸失利益額を金五六二、六五〇円とし、これに昭和四八年一二月一日実施の自動車損害賠償責任保険損害査定要綱、別表Ⅲの事故当時の年令二五才に対する就労可能年数、四二年についての新ホフマン係数二二・二九三を乗じて得られた金一二、五四三、一五六円が亡美代子の逸失利益である。

よつて前記相続分に応じ原告吉田が金六二七万一五七八円、原告矢部朝男、同矢部タマノが各金三一三万五、七八九円宛亡美代子の権利を承継した。

(二) 慰藉料 金六、〇〇〇、〇〇〇円

(1) 原告吉田は亡美代子と昭和四七年九月二九日結婚し、近い将来両人の出生地である郡山市に住居と共に建築事務所を設置し、亡美代子は主婦労働に従事するかたわら原告吉田の建築設計事務を補助する予定で、土地の購入まで手配していたこの矢先に本件事故により、亡美代子は死亡するにいたり、この計画の実現が不能となつたばかりか原告吉田は自ら家事にさえ従事せざるを得なくなり、勤務外の自営による収入がほとんど得られなくなつた。右原告吉田の精神的苦痛は金銭にあえて評価すれば金三〇〇万円が相当である。

(2) 亡美代子は、原告矢部朝男、同矢部タマノにとつて三人の子の内ただ一人の娘として両親の寵愛を一身に受けて育つてきたもので、このような愛娘を失つた両親の悲しみは察するに余りあるが、あえて金銭に評価すると各金一五〇万円が相当である。

(三) 親族の見舞等のための諸費用 金一二二、一八〇円

亡美代子は本件事故後、意識不明、危篤状態のまま約八四時間生命を保つたので、親族の情として一刻も早く入院先にかけつけ、また一旦執務のため帰家し再び入院先にかけつけるという異常な状態が続いたため、多くの親族に対し交通、通信費等に多大な出費を余儀なくさせた。これら諸費用の内、金一二二、一八〇円は夫であつた原告吉田が負担した。

(四) 葬儀費 金九六万〇、一四六円

亡美代子の自宅であつた原告吉田方における葬式費用として金四一万二、〇九一円、福島県郡山市日和田にある原告吉田の実家における葬式費用として金五四万八、〇五五円をそれぞれ要したが、右はいずれも原告吉田が負担した。

(五) 損害の填補

原告らは、本件加害車を運転していた訴外斉藤昭三とその父藤広良から金八〇〇万円を、またいわゆる強制保険金五〇〇万四、〇〇〇円をそれぞれ受領したのでこれを原告吉田が金六五〇万二、〇〇〇円、原告矢部朝男、矢部タマノが各金三二五万一、〇〇〇円宛を各自の損害に充当した。

(六) 弁護士費用 金七二万円

原告らは被告に対し本件請求につき任意弁済を催告したが、被告がこれに応じないので本訴代理人たる弁護士に本件事件を委任した。この弁護士費用としては金七二万円が相当であり、これについては原告らが前記相続分に応じて負担することになつている。

(七) よつて、被告に対し、原告吉田公義は金四四六万三、九〇四円およびこれから弁護士費用金三六万円を除いた金四一〇万三、九〇四円に対する、本件事故による損害を最後に支払つた日より後日である昭和四八年七月一日から支払済みにいたるまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求め、原告矢部朝男、同矢部タマノは各金一六九万〇、七八九円およびこれから弁護士費用各金一八万円を除いた各金一五一万〇、七八九円に対する、右同様に昭和四八年七月一日から支払済みにいたるまで年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否。

1  請求原因第1項(事故の発生)、第2項(責任原因)、第3項(相続)は認める。

2  同第4項(一)(亡美代子の逸失利益)について、

主婦の逸失利益の計算につき東京都における「産業計」「企業規模計」の給与額を用いることには合理性がない。元来主婦の逸失利益を算定することには種々の問題があるが、その推計方法として女子労働者の平均賃金を採用することに略判例の傾向は固まつて来たものと思われるが、この場合の平均賃金は全国平均のものであつて、東京都におけるそれではない。東京都に居住していない者との間に差を設ける等論外である。

しからば昭和四八年度の賃金センサス第一巻第一表の女子労働者欄に従い月額金五万七、四〇〇円、年間賞与その他特別給与額金一五万六、五〇〇円を基礎とすべきである。

またホフマン式計算法は本件の場合相当ではない、言うまでもなくホフマン式を用いた時係数が二〇倍以上になつた時の矛盾を解決するためにライプニツツ式の存在理由があるものと思われるが、本件はまさに克服さるべき矛盾に該当するケースであつて、原告らの計算によると係数二二・二九三を用いているが、これは矛盾でありライプニツツ式の係数一七・四二三(稼働期間は原告主張のとおり)を用いるべきである。

しからば原告と同様の計算方法により亡美代子の逸失利益は金七三六万三、八三〇円となる。

3  同第4項(二)(慰藉料)について

一家の中心的な存在である壮年有職者ではないので、昭和四八年五月頃として考えると大体金四〇〇万円位が相当である。

4  同4項(三)(親族等の見舞等の諸費用)については争う。

5  同第4項(四)(葬儀費用)については金三〇万円が相当である。

6  同第4項(五)(損害の填補)は認める。

7  以上のとおり原告らの損害は第2、3および5項の合計金一、一六六万三、八三〇円となるところ、第7項の損害の填補として金一、三〇〇万四、〇〇〇円が支払われているので原告らの請求は理由がなく従つて請求原因第4項(六)の弁護士費用は損害として計上すべきではない。

第三証拠〔略〕

理由

一  請求原因第1項(事故の発生)、第2項(責任原因)、第3項(相続)については当事者間に争いがないので被告は本件事故と相当因果関係にある損害を支払う責任がある。

二  請求原因第4項(一)(亡美代子の逸失利益)について

〔証拠略〕によれば

亡美代子は、昭和二二年一〇月九日生れ(本件事故時は満二五才)で郡山市内の高等学校を卒業後本件事故の約八カ月前に一級建築士である原告吉田公義と結婚し、東京で二人で生活していたこと、亡美代子は主婦として家事労働に従事する一方建築事務所に勤務している原告吉田が勤務外の時間を利用して自宅において行う自営の建築設計の簡単な手伝をしていたこと、原告吉田と亡美代子は近い将来両人の出生地である郡山市に住居と共に建築事務所を設置する予定であつたこと、以上の事実が認められ右認定に反する証拠はない。

右認定事実による亡美代子の年令、家族構成、夫の建築事務の手伝等を考慮した亡美代子の家事労働はその量と質において特に普通の主婦の家事労働に比べ経済的に高く評価しなければならないとは認められないので亡美代子の右家事労働は当裁判所に顕著な昭和四八年賃金センサス第一巻第二表、産業計、企業規模計、旧中・新高卒の女子労働者の平均賃金九〇万〇、七〇〇円(別紙計算参照)と同額の価値があるとみるべきである。原告は亡美代子が東京に住んでいたことを考慮し右センサス第六巻第二一表の東京都における企業規模計、女子労働者平均賃金と同額と評価すべきと主張するが、右理由により、また右認定事実によれば亡美代子は近い将来東京を離れることが予定されていたのであるから居住地域によつて家事労働の価値に区別を設けることは合理的でなくいずれにしても原告の右主張は採用しない。また亡美代子の生活費は多くとも年収の半額と推認され、当裁判所に顕著な厚生省作成の昭和四八年簡易生命表によれば二五才女子の平均余命は五二・五〇年であるから満六七才まで四二年間就労可能であると解するのが相当であるから、以上の事実を前提にライプニツツ方式により年五分の中間利息を控除して本件事故時における現価を別紙のとおり計算すると金七八四万六、五三八円となる。

よつて前記相続分に応じ、原告吉田が金三九二万三、二六九円、原告矢部朝男、同矢部タマノが各金一六九万一、六三四円宛亡美代子の右損害賠償請求権を相続した。

三  請求原因第4項(二)(慰藉料)について

本件事故の態様、原告らと亡美代子との家族関係等に鑑みれば原告らが亡美代子の死亡によつて少なからぬ精神的苦痛を受けたことは容易に推認されるところである。さらに〔証拠略〕によれば、原告吉田と亡美代子は近い将来両人の出生地である郡山市に住居と共に建築設計事務所を設置することを計画し土地の購入の手配をするため郡山市に行く途中本件事故に会い、両人の右計画は断念させられたこと、本件事故により亡美代子は悲惨な姿で最期を遂げたこと、本件加害車の運転者斉藤昭三の父斉藤広良が損害の填補に誠意を示したほか、亡美代子の見舞客の宿泊費等に約一〇万円を支出したこと、以上の事実が認められ右認定に反する証拠はない。従つて右認定事実等本件に顕れた一切の事情を斟酌すると原告吉田の慰藉料として金二七〇万円、原告矢部朝男、同矢部タマノの慰藉料として各金一三五万円を認めるのが相当である。

四  請求原因第4項(三)(親族の見舞等のための諸費用)について、〔証拠略〕によれば亡美代子は本件事故後意識不明の危篤状態のまま四月間位生命を保つたので親族九名が連日病院へ見舞に行つたり、その連絡のための通信費を負担したので亡美代子の夫の原告吉田は右のお礼として親族九名に、親族らが負担した交通費、通信費相当分の金一二万二、一八〇円を支払つたことが認められ右認定に反する証拠はない。

しかしながら交通事故の被害者に親族が見舞に来た場合その親族が負担した交通費、通信費を被害者やその家族が支払うといつた慣習は一般的に存在しないから原告吉田が見舞に来た親族らに対し、感謝の気持から任意に交通費、通信費相当分を支払うのは自由であるが、右出費が当然に加害者に支払を請求できる損害であるとは言えず、原告吉田の右出費は本件事故と相当因果関係にあるとは認められない。

五  請求原因第4項(四)(葬儀費)について、

〔証拠略〕によれば亡美代子の東京の自宅における葬式費用として金二二万七、五一二円、福島県郡山市にある原告吉田の実家における葬式費用として金二八万五、七三五円、合計金五一万三、二四八円を要し原告吉田が右金額を負担したことが認められるところ、亡美代子の年令、社会的地位等に鑑みうち金三五万円を本件事故と相当因果関係にある損害と言うことができる。なお〔証拠略〕の香典返しの費用も本件事故との相当因果関係は認められない。

六  請求原因第4項(五)(損害の填補)については当事者間に争いがない。よつて原告らの損害の残額は原告吉田について前記第二、三項第五項の合計金六九七万三、二六九円から右填補金六五〇万二、〇〇〇円を控除した金四七万一二六九円、原告矢部朝男、同矢部タマノについて前記第二、三項の合計金三三一万一、六三四円から右填補金三二五万一、〇〇〇円を控除すると各金六万〇、六三四円となる。

七  請求原因第4項(六)(弁護士費用)について

〔証拠略〕によれば原告らが本件訴訟の追行を弁護士である本訴代理人に委任し、金五〇万円を支払つたことが認められるが、本件認容額、訴訟経過等に鑑み、原告らが本件事故と相当因果関係にある損害として被告に請求し得べきものとしては原告吉田が金四万円、原告矢部朝男、同矢部タマノが各金一万円をもつて相当と認める。

八  結論

以上のとおり、被告は、原告吉田公義に対し、金五一万一、二六九円および弁護士費用金四万円を除いた内金四七万一、二六九円に対する本件事故後である昭和四八年七月一日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金を支払う義務があり、また原告矢部朝男、同矢部タマノに対し、金七万〇、六三四円および弁護士費用を除いた内金六万〇、六三四円に対する本件事故後である昭和四八年七月一日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金をそれぞれ支払う義務があるので、原告らの本訴請求は右の限度で正当として認容し、その余は失当としてこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条、第九二条、第九三条を、仮執行の宣言につき同法第一九六条を各適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 馬渕勉)

別紙

亡美代子の1年間の労働価値

60,300円×12+177,100円=900,700円

亡美代子の逸失利益

900,700円×0.5×17.4232≒7,846,538円

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